映像業界の変化に向き合う\

Chamber 58
2021.8.27

映像業界の変化に向き合う
これからのつくり手に求められるマインドセット

さまざまな技術革新や環境の変化により、映像作品はかつてないほど人々にとって身近なものになりました。街にはあらゆる形で映像があふれ、誰もがスマホで日常的に映像を見る時代。新型コロナウイルスが出現してからはリモートで映像制作をすることも増えてきています。こうした状況の中、映像のつくり手はどのようなことを考えていけば良いのでしょうか。自身もアーティストとして活躍しながらも、CM制作をはじめ、宇多田ヒカル、菅田将暉、Suchmosなど数々の有名アーティストの映像作品や音楽ライブの映像演出を手掛けている新進気鋭の映像作家、山田健人さんに考えを伺いました。

――まず、山田さんが映像制作をはじめた経緯を教えてください。

「高校3年生のころ、友達にイベントのオープニングや告知映像の制作を頼まれたことがきっかけです。私は中学でプログラミングをはじめて、高校ではアンプを自作したりしていたので、周囲からパソコンに強いと思われていたんです。そのイベントがきっかけでライブハウスに足を運ぶようになり、同世代のミュージシャンたちと出会いました。

動画を撮ることのできるカメラが実家にあったので、それを使って友達のライブ映像やアーティスト写真や彼らのMV(ミュージックビデオ)を撮るようになったんです。ただ、自分が映像監督をしているという感覚はありませんでした。いつか仕事にしたいという気持ちもなかったです」

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――そこから映像制作を仕事にしようと思ったのはなぜですか?

「周囲が就職活動をはじめるころ、全ての時間を映像に費やしたらどこまでできるんだろう?という気持ちが芽生えてきたんです。同世代のミュージシャンたちが大きくなりつつある過程に一緒にいたこともあり、同じ足並みでやりたかったんですね。

大学を卒業したら社会的には無職の状態になったわけですが、同世代のミュージシャンを撮ることに全力を注ぎ込んでいく中で目標ができていきました。映像監督としてキャリアがはじまったと自覚しているのは、Suchmosの『YMM』(2015)で、自分が映像監督だと名乗る覚悟を持てた作品でした。

組織に所属せず、いきなりフリーランスとなったことで金銭的には不安でしたが、同世代に同じ志の人がたくさんいたことが支えになりました。それに、単純に無知だったことも幸いしました。フリーランスという言葉さえ知らなかったし、映像制作を誰かから学んだこともないので、自分で実践しながら覚えていきました。でも私の場合は仮に制作会社に入っていたとしても、結局は現場で何が起きているかを経験しないと身につかなかった気がします」

――コロナ禍を受けて山田さんを含めた映像クリエイターを取り巻く環境や考え方にはどのような変化がありましたか?

「もちろんコロナ禍によってどの業界も打撃を受けたし、変わったことももちろんあります。今では私も制作の打ち合わせや企画のプレゼンテーションもリモートで行うことが多いです。ただ、そんな状況でも自分のやることや考え方は基本的に何も変わっていないです。

最近、特に強く考えていることは、マスとコアの両方をやりたいということです。たとえば、私のビデオを見てくれた嵐のファンの数人が監督に興味を持ち、私が監督している他のアーティストのビデオを見て新しい音楽に出会うとします。この流れには文化的な発展を感じることができます。音楽家同士がこれをやるのは多少ハードルが高いかもしれませんが、映像監督であれば、その入り口を広げるサポートができるかもしれない。

逆に言うと、映像をはじめたころは違和感があったんです。ある映像作品を良いと思っても、実際に誰がどう手を動かしてつくっているのかわからない。誰もがスマートフォンでYouTubeを見て、毎日のように動画に接して、コンテンツ量はものすごく増えて映像がどんどん身近になっていますが、映像表現が一過性のものとして消費されていく。それこそ、渋谷駅前のビジョンなんてあれだけたくさん映像が流れていても、真剣に見ている人はあまりいないと思います。

もっと、作品と作家の繋がりがあってしかるべきです。そのために映像監督自身が作品にかけた思いや考えをもっと人に伝えていくべきだとも思います」

――現在では映像作品が届くプラットフォームが多様化し、作品の消費スピードも速くなっている気がします。映像の作り手としてこの状況をどのように思われますか?

「もちろん作家としては長く残るものをつくりたいし、そういうものをつくってきた自負はあります。1週間だけ話題になるものよりも、10年後に見返した時にやっぱり良いと思える作品。それを100年後も、死後も、というスパンで考えていきたい。

ただ、消費スピードが速くなっている一方、作品が消費されずに残っていく形に世の中が近付いているとも思っています。100年後に私が監督した映像を見ようと思えば、たぶん見られるのではないでしょうか。きっと、どこかのサーバーなどにアーカイブが残っているはず。そういった環境をつくってくれる人も増えていますし、作り手からすると心強いですよね」

――先ほど渋谷駅前のビジョンの話がありましたが、映像の受け取り方が多様化している現在だからこそ、受け手が真剣に映像作品と向き合う機会が減っている気がします。

「そもそも映像は消費する行為とともにあるのかもしれません。まず映像を再生する機械がなければいけないことに縛りがある。それに映像は時間芸術だから、5分の映像は5分で終わり、2時間の映画は2時間で終わってしまう。さらに今はテクノロジーが発展していて、ユビキタスな環境が当たり前にあるから、空き時間を使って見るものになってきている。今の小中学生のなかにはYouTubeを1.5倍速で見る子もいると聞きました。そうやって消費の形も変わってきているから、消費されたくないという考え方自体がそもそも破綻しているのかもしれないですね。

『消費のされ方の質をあげていく』と視点を変えるのであれば、もちろん集中して見てほしい気持ちはあります。見る側の自由ですが、やっぱり1.5倍速で自分の作品を見られているとすれば、やはりそれは悲しいことではありますね。

渋谷のビジョンに流れる映像も何度かつくりましたが、あれだけ賑やかな街中にあると、従来の映像や音の感じ方が違う気もします。あれは、何をどうしたって消費行為でしかない。ただ、同じ映像がYouTubeや企業のSNSなどにあがっているので、良いと感じた人は静かな環境でゆっくり見てもらえれば嬉しいです」

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――過去にお話されていた他メディアでのインタビューでは、30歳を節目に映像監督から活動形態を変えるかもしれない、と答えていましたがどのような意図があるのでしょうか。

「例えば、自分が50歳になった時、10代や20代のミュージシャンの映像を撮れている自信がないんです。それはきっと若い人に届くものだし、若い感性で撮れる人が自分の他にいるだろうとどうしても想像してしまう。ということは、まだ今は生まれてないかもしれない未来の子どもたちがその映像を撮るわけです。そう考えると、『将来の夢は映像監督』と子どもたちが言えるような環境を整えていきたいんです。

映像制作は素敵な仕事です。でもこの数年間、がむしゃらに仕事をするなかで、いろんな違和感を抱いてきました。たとえば、誰かが徹夜しなければいけない現場はおかしい。怒鳴っている人がいたり、監督がアシスタントの名前も知らない状態で進む現場もおかしい。もっと全員が純粋な気持ちでものづくりができる環境を整えたいです。

今のところ映像監督をやめるつもりはないんですが、いまのように毎月何本ものMVをつくり続けるのではなく、もう少し本数を絞ってさらにクオリティーを上げるとか、あるいは長編映画に挑戦するとか、業界自体を変える仕組みを考えるとか、そういうことにも時間を割きたいです」

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――コロナ禍や技術の革新などで変化のスピードが段々と速くなっている映像制作の領域において、今後求められることや必要な考え方はどのようなものでしょうか。

「ひたすら丁寧にやることだと思います。オンラインだろうとオフラインだろうと、コミュニケーションを丁寧に取ること。映像制作のようにいろんな人と関わり合いながらやっていく仕事では不可欠だと思っています。

それから、シミュレーションをすることも大事ですよね。現場でいきなり雨が降るかもしれないし、カメラの調子が悪くなるかもしれない。そんなあらゆることを想定しなければいけないので、撮影前夜は緊張で眠れないことが多いです。何度も香盤を見て、企画書を読み直して、そのアーティストの音楽を聴きながら考える。そうしないと不安なんですよね。

自分はもちろん天才ではないしセンスがあるタイプだとも思っていないので、ひたすら考えて自分を信じられる状態まで追い込まないと、人と関わる仕事に責任を持てないんです。関係者みんなが誇れる作品にする義務があるので、そのために自分がやれることはやりきっておきたいです」

――映像に関わる製品やソリューションを提供している企業に今後期待される役割や動きはなんでしょうか。

「テクノロジーの発展によって我々はすごく助けられているので、感謝の気持ちしかありません。手頃な価格でカメラを買えるようになったのも企業努力の賜物だし、そのおかげで映像へのチャレンジをはじめた人もたくさんいます。テクノロジーの発展は業界の盛り上がりに必要なので、技術の進化を牽引していくことに期待していきたいです」

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自身がアーティストであり、アーティストのサポートをする立場でもある山田さん。見られる側と見る側、両方の視点で語ってくれました。「映像とは消費行為とともにある」「消費のされ方の質をあげる」という言葉はこれからの映像表現で非常に重要な考え方かもしれません。クリエイターがつくった映像をどのような環境で見るか、そのためにテクノロジーがどんなサポートをしていけるのかがより重要になっていくのかもしれません。

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山田 健人

1992年東京都出身。高校3年時に映像に興味を持ち、モーショングラフィクスを中心とした映像製作を開始。2015年、本格的に実写映像の監督としてキャリアをスタート。メジャー・インディーズを問わず多くのMV監督を務める。

2017年3月、優れた映像作家100人を選出して紹介する「映像作家100人」に掲載される。2017年9月、MTV JAPAN主催の第16回MTV Video Music Awards Japanにて監督を務めた宇多田ヒカル 「忘却 featuring KOHH」のMVが最優秀コラボレーションビデオ賞を受賞。2018年3月、SPACE SHOWER TV主催のSPACE SHOWER MUSIC AWARDS 2018にて、年間で最も優れた監督に贈られる賞 「BEST VIDEO DIRECTOR」を史上最年少 (2019年現在)で受賞。 海外では、2018年に水曜日のカンパネラの「かぐや姫」のMVがCiclope Festival 2018にてProduction Design部門Shortlist選出。 水曜日のカンパネラ× yahyel「生きろ。」のMVがカンヌYoung Director Award 2019にてShortlist選出。いずれもアジア人監督として同部門内で唯一の選出となる。 2015年よりバンドyahyel(ヤイエル)のメンバーとしても活動。2016年、2017年に FUJI ROCK FESTIVAL、2018 年にSUMMER SONIC出演。

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