国立天文台天文データセンターを訪ねて\

Chamber 40
2019.11.13

国立天文台天文データセンターを訪ねて
〜宇宙の神秘を紐解く天体データアーカイブ〜

日本の天文学のナショナルセンターであり、世界最先端の観測施設を擁する国立天文台。緑に囲まれた広大な東京都三鷹市のキャンパスの一画に、世界中の観測データをアーカイブする天文データセンターはあります。この観測データを活用した天文学研究手法は,データベース天文学あるいはデータ活用型天文学として確立されています。ソニービジネスソリューションでデジタルアーカイブの推進を担当する千明悟が天文データセンターを訪ね、天体のアーカイブの歴史と、天文学の“いま”を学びます。

国立天文台天文データセンターを訪ねて\

今回は、国立天文台特任教授の大石雅寿さん(左)、天文データセンター助教の白崎裕治さん(中)、天文データセンター特任専門員のザパート・クリストファーさん(右)の3名にお話を伺いました。

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――はじめに、国立天文台におけるデータベース構築の背景を教えてください。

大石雅寿さん(以下、大石):「ハワイにあるすばる望遠鏡をはじめ、望遠鏡の建設・運営には莫大なお金がかかります。すばる望遠鏡の場合は、建設費が400億円で、運営経費が毎年10億〜20億円。多くの研究者に観測データを使ってもらわなければ、コストに合いませんよね。そういった事情から、観測したデータを世界中の研究者間で共有し、皆で使えるようにしようという考え方が出てきたんです。

効率化という面でも、データの共有が求められました。例えば、南半球でしか観測できない天体のデータを取るために、昔は南半球にある天文台まで行く必要がありました。でも、南半球の天文台で撮ったデータを共有してもらえれば、わざわざ観測しに行かなくても研究を進められます。

世界中で観測したデータをデータベース化してオンラインに乗せることで、天文学者は研究室にいながらにして、さまざまな観測データを活用できるようになりました。ここ国立天文台の天文データセンターは、日本の天文学の中心施設として、そのアーカイブ機能を世界中に提供しているのです」

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千明 悟 | ソニービジネスソリューション株式会社 デジタルアーカイブ推進担当

――天体のデータアーカイブで一番古い記録はいつ頃のものなのでしょうか。

大石:「国内の一番古い記録は、鎌倉時代の藤原定家による『明月記』ですね。その中に、超新星爆発の残骸である“かに星雲”が肉眼で見えたという記録が残っています。非常に明るく光る星が出現し『客星あらわる』と文章に書いて残したというのが、国内の最初のアーカイブといわれています。

また、150年ほど前に写真乾板が発明され、天体を撮影することが可能になりました。天体の撮影によって、客観的なアーカイブを残せるようになったんです。国立天文台にも、100年以上前の貴重な写真乾板が保管されています」

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――それは貴重で、重要な転機ですね!天文データセンターでは、すばる望遠鏡をはじめとする各地のデータベースを集約し、ネット上での観測データを相互運用できる「バーチャル天文台」を開発されているとお聞きしました。バーチャル天文台の情報処理の仕組みを簡単に教えていただけますか。

白崎裕治さん(以下、白崎):「The International Virtual Observatory Alliance (IVOA)という機関が2002年に形成されて、現在ここには、世界各国の21の天文データセンターが参加しています。この機関では、主にデータ共有を行うための標準仕様の策定を行っています。データベースにどうやってアクセスして、結果をどのように返すかといった仕様を、この機関で決めているんです。最近ようやく仕様が固まり、それぞれのデータセンターでVO (Virtual Observatory)に則ったサービスが作られ始めているという段階ですね。私たちは今、そのフロント部分の開発をしています。研究者がデータベースにアクセスしたときに、世界中のデータセンターからデータを取得できるシステムを作っているところです」

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――どの研究分野でも、オープンサイエンス化はすごく難しいといわれていて、特にメタデータなどの標準化がよく議論になりますよね。天文学で、アーカイブデータの共有が進んでいるのはなぜでしょうか。

大石:「まだインターネットがなかった時代は、海外の天文台で観測したデータを、磁気テープに記録していました。ところが、記録の形式が天文台ごとに違うと、データを持ち帰ってきても処理できません。そこで、1980年くらいに、共通のフォーマットが作られることになったんです。そういう風に、お互いにデータ交換できるようにしようという素地があり、自然な流れでオンライン化されて、今に至るといったところでしょうか」

白崎:「それから、天文学の場合は、メタデータが割と単純なんです。天体の位置や、いつ観測したか、どの場所から観測したか、どのくらい露出したかなど、世界各国で記録の仕方はだいたい同じです。データの種類が限られていて、標準化しやすかったことも、アーカイブデータの共有が進んでいる理由ですね」

ザパート・クリストファーさん(以下、ザパート):「先ほど大石も言いましたが、コストや効率化の面も大きいと思います。アーカイブデータを共有すれば、多くの研究者が閲覧できるという利便性がありますから」

大石:「天文学では、望遠鏡の使用料をお互いに取らない習慣になっています。そういった文化も、アーカイブデータ共有の素地になっているかもしれませんね。例えば、アメリカの研究者が日本に来て、すばる望遠鏡でデータを取るときも、使用料はいただきません」

白崎:「国立天文台では、スーパーコンピューターも無料で利用できます。どういった計算をしたいか書類に記載し、それが通れば誰でも利用が可能です」

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――バーチャル天文台でデータアーカイブするための施設や設備は、どのようなものがありますか。

大石:「10ペタバイトほどの大容量のストレージがあり、そこにデータを蓄積しています。もちろん、ストレージだけだと何もできませんので、データを読み込んだり、書き出したりするためのサーバーコンピューターも備えています。それから、データを取り出して解析するための解析サーバーも、キャンパス内にたくさんあります」

ザパート:「現在、1ファイルのサイズがテラバイトに近づいていますので、今後はさらにストレージの容量が必要になるでしょうね。今計画されているSKA(Square Kilometre Array)望遠鏡のデータは、1ファイルあたり256テラバイトになる予定です。5年以内にそういう時代が来ますよ。もう、自宅からダウンロードはできないですね(笑)」

白崎:「ひと昔前は、観測したデータをデータ転送して、自分の研究室のパソコン上で解析していたんですよ。今は、ストレージと解析サーバーを集約して、リモートのサーバーに入って解析するのが当たり前になっています。そういう環境を作らないと、とてもじゃないけど、大規模データを利用する現代の天文学の研究は成り立ちません」

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――これまでの研究成果をお聞きしたいのですが、データをアーカイブ化し、過去のデータと今のデータを比べることによって、どんなことがわかってきたのでしょうか。

白崎:「Sgr A*(サジタリウス・エー・スター)という電波源が、最近になって約百倍も明るくなっていることが判明し、話題になっています。過去からずっとモニタリングしていないと、そういうことはわからないんですよね。

天文学というと、望遠鏡をのぞきこんで天体を観測する学問と考えられがちですが、アーカイブデータと自分の持っているデータを組み合わせて研究するというやり方が、今は一般的になっています。可視光で観測したデータだけでなく、電波や赤外線、X線など、幅広い波長で研究しないとなかなか研究が進んでいきません。そういった研究をするためにも、やはりデータアーカイブは必要不可欠です」

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――バーチャル天文台は、これからの天文学にどういった影響をもたらすと考えますか。

大石:「望遠鏡というのは、これまでは天体を観察するために作られるものでした。ところが、バーチャル天文台のようなシステムがあると、望遠鏡の概念が変わってきます。高性能の巨大望遠鏡はデータマシンになり、取ったデータを次々公開します。多くのデータがそろえば、インターネットの中に仮想の宇宙を作ることができ、さまざまな天体現象のデータに基づいた詳細な理解が可能になります。空が曇っていると、天体の観測はできませんが、インターネットの中の宇宙はいつでも誰でも観測できます。そういうふうに、今後は研究スタイルそのものが変わってくるでしょうね」

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――以前、天文データセンターの高田唯史センター長を訪問する機会があり、そのときに「宇宙の事象はそのときにしか起きないものだから、絶対に捨てられない」と、高田さんが仰っていたんです。貴重なデジタルデータを維持していくための課題や今後の展望などがあれば教えてください。

ザパート:「例えば、写真を撮ったとき、今はJPEGなどの保存形式が使われていますよね。でも、10年後には保存形式が変わっているかもしれません。今のデータをどう次の書式に変換するか、将来の技術で過去の書式をどう読み込むかなど、デジタルデータの長期保管にはさまざまな課題があります」

大石:「天文データというのは、長く保管しておくことで、価値が高まっていく性質があります。国が学術クラウドを提供できるようになり、そこに100年、200年のあいだデータを置き続けられれば、後世の人たちがある程度クオリティを確保したデータに常にアクセスできるようになります。そういったデータは、国全体の資産になると思います。

誰しも“生命はどこから来たのか”“宇宙でどのような現象が起きているのか”といった、素朴な疑問を持っていると思うんですよね。私たち研究者の一番大きな仕事は、そのような素朴な疑問を少しずつ解明して、世の中に還元することだと考えています。天体データアーカイブを使うというのは、そういった仕事を達成するための手段の一つです」

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天文学の研究や教育目的のために、世界中の観測データを有効かつ便利に利用できるよう、サービスを提供している国立天文台天文データセンター。100年後、200年後の未来の研究者のために、質の高いデータを残し、天文学の発展に貢献したいという研究者の情熱を感じました。アーカイブデータを共有し、管理・運用していくためには、フォーマットの統一やルールの徹底が不可欠です。今回の訪問は、デジタルアーカイブに顕在する課題に対して、解決の大きなヒントになるのではないかと考えました。(千明 悟)

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国立天文台 三鷹キャンパス

東京都三鷹市大沢2-21-1
見学時間:10:00〜17:00(入場は16:30まで)
https://www.nao.ac.jp/

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